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東北三県寺巡り 二日目2022年06月05日 15時59分


2 **** 【2日目(6月5日)】 ***
 旅行の第一の目的は、次男家族に会うことです。
 孫の七五三のお祝いで会ってから3年以上経ちました。この間、コロナ禍のため次男達も帰省することが出来ませんでした。
 3歳だった孫も、この春から小学校へ通うようになりました。昨年は職場に近い場所に新築し、新たな生活を歩み始めています。

 昨夜は仙台駅近くのホテルに宿泊し、朝、電車で10分ほどの次男の家近くの駅に行きました。
 新築した家の各部屋や外へ出て外観や庭を案内してくれました。
 予約してあった昼食のテイクアウトのため次男の運転する車で店まで行く途中、次男が勤めている職場や11年前に1週間避難生活を送った多賀城市の文化センターなどを巡ってくれました。

 多賀城の津波の被害は死者188人だったそうです。南側の仙台塩釜港からJR多賀城駅までは最短距離で2.5キロです。市内を流れる砂押川は駅の直ぐ南側を西から東へ弓状に流れ、東端で塩釜港へ注いでいます。津波は砂押川の土手が少し高くなっているので、土手の北側を少し越えた程度だったそうですが、職場のある南側(仙台港に近い側)は津波が押し寄せています。職場は塩釜港から直線距離で最短距離で約1キロ、次男が当時住んでいたアパートは更に港寄りです。津波が引いた後アパートに戻ってみると、津波は鴨居の上まで達していた跡が残っていました。津波があった日は勤務している時間帯でビルの2階にいたので津波にのみ込まれることはなかったのですが、建物の基礎が岩盤まで杭が打ってあって、岩盤の揺れが直接建物に伝わるため、尋常でない揺れだったそうです。
 道路両側に立っている電柱には、津波の高さが表示されていました。ストリートビューで確認しようとしましたが、2013年のストリートビューで、このときにはまだ電柱に張られていないようです。

 次男の家に戻り、昼食を済ませた後、次男家族が仙山線の愛子駅まで送ってくれました。
 山寺へ行くのは6日の日の予定でしたが、6日は朝から雨になる予報だったので、急遽予定を変更して、前日の5日に行くことにしたため、次男の家で過ごすのがあわただしくなってしまいました。仙台駅まで戻って仙山線に乗るつもりでしたが、愛子駅へ車で行った方が近道です。愛子は震災後に次男夫婦が住んでいたところです。1時間足らずのドライブでした。この間も次男は道すがら色々と案内をしてくれました。

 愛子駅で次男家族と別れ、仙山線で山寺へ行き、立石寺の800段以上ある石段を奥の院まで登りました。山門の受付でたずねると、奥の院までは約40分だと教えてくれました。
 石段の登りはじめて暫くすると、呼吸が激しくなり、背中に背負っているザックのため汗をかきながら登り詰めました。
 この日の宿は作並温泉なので、山寺の山形県から宮城県へ戻らなければなりません。仙山線も1時間に1本の運行のため、電車の時間に間に合うように山から下りてきました。
画像(多賀城市地図)

画像12(多賀城市内)

画像13(多賀城市内)

画像14(愛子駅)

画像15(山寺駅)

画像16(立石寺)

画像11(立石寺)

画像12(立石寺 奥の院)

画像19(立石寺)


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