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自宅から河口湖~西湖~新倉山公園へ2016年06月01日 18時02分

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*********** コースマップ ***********
 午前10時過ぎに自宅を出発し、サイクリングに出かけました。
 4月に河口湖から西湖への上りでチェーンが切れ引き返していたので、今回は再度西湖へ行くことにしました。できたら精進湖、本栖湖まで行こうかと考えて出発しましたが、西湖の根場まで来て、1時近くになっていたので、ここから引き返して、富士吉田の新倉山公園に立ち寄って帰ってきました。
画像1(コースマップ)

*********** 新倉河口湖トンネル ***********
 自宅から河口湖までは、ほとんど上り道です。富士吉田側から河口湖へ抜ける、新しくできたトンネルです。このトンネルができたことによって、河口湖へ行くルートが一つ増えました。御坂を超えて甲府へ行くのも便利になりました。トンネル内は河口湖に向かって若干上りになっています。河口湖側の出口手前でカーブになっていることもあり、トンネルが長いように思えます。
 帰りも、このトンネルを通りましたが、帰りは若干下りで、トンネルの富士吉田側の出口が遠くに見えるので、早く抜けられるように感じます。
画像2(新倉河口湖トンネル)

*********** 河口湖北岸 ***********
 いつもは河口湖畔に出て、観光客でにぎやかなところを走るのですが、今回は御坂トンネルの方へ向かい、河口から湖畔沿いの北岸道路に入りました。4月から5月の連休頃だと、自転車で走っている人に多く出会いますが、今日は私以外には一人も走っていません。
画像3(河口湖北岸)

*********** 西湖南岸 ***********
 河口湖の西端、長浜から西湖へ通じる急な坂道を上ります。最初の直線の上りを上りつめたところで、前回チェーンが切れました。ギアチェンジをできるだけチェーンに負担がかからないようにして、慎重に上って行きました。西湖へ通じるトンネルまで、急さ坂道が続きますが、休むことなく登り切りました。
 トンネルを出てすぐに左折し、西湖を時計回りに走りました。西湖の北岸は車の通行が少ないので走りやすいです。信号機も少ないので走行の練習をするのには良いコースです。
画像4(西湖北岸)

*********** 西湖・根場 慰霊碑 ***********
 西湖根場の民宿村には中学生が多くやってきていました。根場の浜に到着したところ、中学生が浜の方へ向かったので、浜の方へは下りずに、慰霊碑の前で写真を撮りました。
 昭和41年9月25日、台風26号の豪雨により発生した土石流によって壊滅的な被害を受け、犠牲になった方々の慰霊碑です。
画像5(西湖根場慰霊碑

画像6(西湖根場慰霊碑からの富士山)

*********** 西湖北岸 ***********
 根場から西湖の北岸を走りました。ここから引き返すことになります。西湖は河口湖のように観光客が押し寄せることがなく、県外から訪れているほとんどが釣り客です。
画像7(西湖北岸)

*********** 再び、河口湖北岸 ***********
 西湖から再びトンネルを抜けて河口湖の長浜のT字路を左折し、雪に通った河口湖北岸を走りました。>
画像8(河口湖北岸)

*********** 河口浅間神社 ***********
 北岸道路を過ぎ、河口で、浅間神社へ寄り道をしました。河口浅間神社は大きな鳥居と杉の巨木があります。
画像9(河口浅間神社)

画像10(河口浅間神社)

画像11(河口浅間神社)

*********** 新倉山公園 イ・ヤンジ文学碑 ***********
 新倉河口湖トンネルを抜けて、富士吉田に入り、新倉公園を目指しました。帰り道の途中になるので、ここでも寄り道をしました。
 新倉公園は忠霊塔があって、忠霊塔を入れた富士山の写真が有名で、桜の咲く時期には多くの観光客、特に、外国からの観光客が訪れています。4月に来た時には人であふれかえっていましたが、今日はほとんど訪れている人がいませんでした。地元の方と思われる人が散歩に来ている程度でした。
画像12(新倉山公園)

 精進湖へ行かなかった理由の一つに、新倉公園にあるイ・ヤンジ(日本名:田中叔枝)の文学碑を見るためです。先月22日、この文学碑の除幕式が行われました。同級生たちが募金活動などをして、この地に文学碑を建てました。私も除幕式の連絡をいただいていたのですが、当日で参列することができませんでした。
画像13(新倉山公園)

 文学碑は、昼礼との右奥の遊歩道沿いにありました。この場所からは富士吉田の街並みを一望でき、正面に富士山がそびえています。イ・ヤンジが過ごした町と毎日眺めていた富士山が見える場所で、文学碑を建てる場所としてはベストです。
画像20(イ・ヤンジ 田中叔江の文学碑)

画像14(新倉山公園)

画像15(新倉山公園)

 今日は観光客が全くいなく、くひっそりと静まりかえっていました。しばらく文学碑を囲む石の上に座って、富士吉田の街並みを眺めていました。40数年前、初めて担任をした生徒で、また、その数か月後に初めて退学者を出しました。その後の彼女は人生を先き急ぐように、活発に行動していました。37年の生涯でした。今も同級生たちは彼女のことを忘れず、命日にあたる22日に文学碑を建てました。
画像16(新倉山公園)

画像17(新倉山公園)

 新倉山公園の忠霊塔までは急な石段を上って行きます。その横に車が通ることができる道があります。この道も急な坂道で4~5のヘアピンカーブがあります。
 行きも帰りも、この道を歩きました。自転車で上れそうでしたが、西湖まで走ってきたので、疲労があるだろうと考え、無理をしないことにしました。
画像18(新倉山公園の坂道)

*********** 東桂駅付近の踏切 ***********
 新倉山公園を下りて、中央道の側道沿いの道を走り、無地、自宅に帰ってきました。
画像19(東桂駅付近の踏切)



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